中学からの作文・論文

作文・論文を書くための本質化・論理構成・文章表現。
(基礎知識: ことわざ・慣用句、三字・四字熟語、古文、漢字)
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作文の構成と表現を見直す

 高校生が書いた読書感想文を紹介します。今回は作文を示し、次回に構成と表現を見直します。なお、読みやすくするために段落の間に空白行を入れています。

 「オシムの言葉」を読んで
                        高校1年 エノハ
 僕は自分の夢に向けて走っている。けれども、時として逃げ出したくなる。

僕は目立ちたがり屋で、チャレンジ精神は旺盛なつもりだ。でも、同時に粘り強さがなく、弱い自分に負けそうになる。マイナス志向へと走ってしまう。そんな自分に嫌気がさす・・・。そんな毎日を抜け出したい。

 僕は今まで剣道・バレーなどに挑戦してきた。だけど、練習はきついし、なかなか上達しない、面倒だという理由でリスクを冒す前に辞めてしまっていたのだ。「辞めた」ことへの後悔は計り知れなかった。けれども、自分に足りない「何か」はわからないままだった。今している水泳・文化祭実行委員・勉強でも何かしっくりこないでぎこちなさがある。どれもこれも中途半端になり、立往生してしまう。そして、徐々に自分自身で生み出してしまう負い目が勢いを増していく。大きくなっていく。

 この夏オシムはジーコに代わって日本代表監督となった。ジェフ千葉の一監督であるオシムが選ばれたことに驚きを感じた。サッカーをよく知っている世界中の誰もがオシムを監督に推した。オシムとはそれほど偉大な存在なのだろうか?

 オシムは最後まで走る選手を使う。自分で考え、仲間のために走る選手を使う。そのためにリスクを冒すのなら本望だという。その結果ミスがあったら叱る。ただ、仲間のためのリスクを負ったのだから選手を使い続ける。僕は今の自分の心の弱さを痛感した。僕は自分だけの力で走っていると思っていた。しかし、それは間違いだった。みんながお互いに走り合っているのだ。お互いに刺激を受け合って走っているのだ。そして、その刺激を力へと換えるのはリスクだ。今僕が抱えている「逃げ」は「リスクからの逃げ」に違いない。それと同時に走ることを止めることは自分をあきらめるばかりでなく、仲間を裏切ることに繋がるのだ。

 今、僕は文化祭実行委員としての仕事に四苦八苦している。司会の拙さと高校の文化祭ではどのようなことをすればよいのか分からず、クラスのみんなを上手くまとめることができず悩んでいる。ほかのクラスがどんどんクラス展示づくりを進めていく中で、自分のクラスだけ話し合いも進まずに焦りを感じている。投げ出したくなることもある。しかし、僕が投げ出すとみんなが路頭に迷うことになる。辛うじて踏みとどまっていた僕に「オシムの言葉」は、勇気を齎した。リスクを冒すための一歩を踏み出させてくれたのだ。自分にできる最大限の力を文化祭の準備に費やす。失敗を恐れず、仲間の助けを借りながら。最後まで走り抜ける覚悟だ。

 オシムの人間性は三民族融合の故郷サラエボでの日々生きるためのアイディアを必要とした少年時代と母譲りの異なる習慣・文化の人を見下さず尊敬する思想が根底になっている。厳格な人であるが、周囲の人に対して慈悲深く、愛情と同時にユニークさをも合わせ持っている。オシムの人となりは選手のみならず、数多くの人々を包み込み、多くの信頼を得ている。これは、日常でもサッカーでもサラエボの戦火の中でも不変で偽りない。オシムは何事にも甘んじないのだ。自分の姿勢を常に貫き通す強さがある。

 「オシムの言葉」は厳しい。オシムは自分の意志を表現し、相手と共有できるように努め、実現している。そこには自分の言葉と真剣に向き合い、相手の背景や心と真剣に向き合うオシムの姿勢が見える。選手に対してだけでなく仲間がいて、共に乗り越える仲間がいるのだ。自分は一人ではないのだ。自分にも厳しいのだ。その妥協を許さぬ姿勢がみんなの心を動かすのだ。

 意志というものは脆く崩れやすいものだ。しかし、オシムの姿勢から「相手と真剣に向き合うことの大切さ」を学んだ。今までの僕は、自分の思いをうまく表現することが苦手でお互い納得するまで話し合うことを避けていた。また、相手のことを真摯に受け止め真心を持って対話する姿勢が欠けていたのである。相手に伝わらないのは当然の結果だったのだ。

 自分という存在は自分だけのものではない、一人一人の自分がお互いに影響しあって存在しているのだ。自分に克つためリスクは自分自身に痛みを伴い、避けたこともある。けれども、周りを見渡せば自分を支えてくれる

 僕は不安だ。失敗は怖い。けれども、自分を支えてくれる仲間がいるのだ。同時に自分自身も仲間を支えるべき存在なのである。僕は自分がいる世界を見つめ直し、新たな一歩を歩むことを誓う。それが自分のためでありみんなのためであるのだから。

  次回に続く
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