中学からの作文・論文

作文・論文を書くための本質化・論理構成・文章表現。
(基礎知識: ことわざ・慣用句、三字・四字熟語、古文、漢字)
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毛筆で書いた言葉と文字

 書道展で読めない書が展示されていることを前回述べました。そして偶然にも国語の入試問題で、書とは何かを論じた石川九楊氏の文章を見つけました。

 言葉を書くことと、文字を書くことの違いは何でしょう。石川氏は「書に通ず」の中で、「『書は言葉を書く』ところに生まれる表現」で、「書は『書く芸術である』といってよいでしょう」と結論づけています。一方、辞書によると、書道は「毛筆を使って文字を書く芸術」と定義されています(goo辞書)。

 書の言葉と文字について考えてみました。

 書における言葉の要素は、形としての文字、意味、発音と考えることができます。書には文字が書かれています。毛筆で絵や図形を書いても、書ではありません。文字は意味を表します。声に出さなくても発音によって文字を読むことでしょう。

 すると、言葉を表す文字を読めることが書の条件になります。では、新聞を読める人が書の文字を読めないのは、どういう場合でしょうか。

 それは、日常使われていない文字で書かれている場合です。漢字の字画を省略した草書体や、印鑑で使われる篆書体(てんしょたい)は、読めないのがふつうです。また文字が、手本となる字体と大きく異なる場合もありえます。文字を図案化したり、極端に省略・強調・変形すると、手本となる字体から逸脱します。書いた本人以外、読めない可能性が高まります。

 いうまでもなく、書を見ることにより文字の大きさや配置、点画の書き方を鑑賞することができます。さらに、文字が読めることによって、意味や発音が伝わります。たとえば「鈴虫」から、秋の風景や虫の音がイメージできるかもしれません。

 言葉としての文字が読めることにより、意味やイメージ、書き手の想いがさらに伝わる可能性が高まります。


参考文献
 石川九楊:書に通ず、東京都高校入試問題 国語、2006年


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