なくてもよい「と思う」
文末には、言いたいことが書かれることが多い。その文末が気になった。
「気流」という投稿欄に、五つの記事が載っていた。そのうち、三つの記事が「思う」で終わっている〔1〕。
別の紙面では、記者も「と思う」で文末を締めくくっている。
「と思う」は、なくても読める。四つの文末から「と思う」を削除してみると、次のように意味が通じることがわかる。
全力を尽くすべきだ。
もう少し広まってもよい。
もっと持ってほしい。
いつまでも守り続けたい。
文末に「思う」を書かないようにしてはどうだろう。「と思う」をつけると、自信がなさそうである。「個人的な思いであって、たいした根拠や確信はありません」と受け取られかねない。考えにしっかりした根拠があれば、「と考える」と書くことができる。
参考文献
1.読売新聞 2007年8月27日朝刊
「気流」という投稿欄に、五つの記事が載っていた。そのうち、三つの記事が「思う」で終わっている〔1〕。
警察当局は原因の究明と詳細な事実の公表を急ぐとともに、国民の信頼回復に、全力を尽くすべきだと思う。 (金子一之 「警官の女性射さつ 国民への背信だ」) 静かな環境を重視する意識がもう少し広まってもよいと思う。 (出口育子 「あまりに多い音情報の押しつけ」) 物を大切にする気持ちをもっと持ってほしいと思う。 (チュイサギアム・アピナン 「物を大切に使う気持ちを持って」) |
別の紙面では、記者も「と思う」で文末を締めくくっている。
手入れは大変だが、虫と子供たちの笑顔に会える場所を、いつまでも守り続けたいと思う。(堀田佳彦 「『身近な自然』再発見」) |
「と思う」は、なくても読める。四つの文末から「と思う」を削除してみると、次のように意味が通じることがわかる。
全力を尽くすべきだ。
もう少し広まってもよい。
もっと持ってほしい。
いつまでも守り続けたい。
文末に「思う」を書かないようにしてはどうだろう。「と思う」をつけると、自信がなさそうである。「個人的な思いであって、たいした根拠や確信はありません」と受け取られかねない。考えにしっかりした根拠があれば、「と考える」と書くことができる。
参考文献
1.読売新聞 2007年8月27日朝刊
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