中学からの作文・論文

作文・論文を書くための本質化・論理構成・文章表現。
(基礎知識: ことわざ・慣用句、三字・四字熟語、古文、漢字)
<< December 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< しゃれ・なぞなぞ作り2 | 最新へ | 動物を使った表現3 >>

感情と論理

 争点は「ちゃんと見ている」かどうかです。野球の見かたについて、年配(60歳)の投稿に対し、若者(18歳)が反論する投稿がありました。

 年配は「野球場のファン 日米で感じる差」で、日本のファンはちゃんと野球を見ていない、と述べています〔1〕。

 端的に言えば、アメリカのファンは野球を爐舛磴鵑鉢畍ている人が多いと思う。厳しいブーイングもあるが、プレーの一つひとつを真剣なまなざしでじっと見つめ、ファインプレーやタイムリーヒットには拍手を惜しまない。
 一方、日本のファンはラッパや太鼓を鳴らし、のべつまくなしに騒いでいるような気がしており、ちゃんと疚邉紊鮓ていない面があるのではないか。

 これに対し、若者は「日本の野球応援 良さも理解して」で、日本のファンはちゃんと野球を見ている、と述べています〔2〕。

 確かに、日本のファンは太鼓やラッパを使うなど、大騒ぎをして応援する。だからといって、野球をきちんと見ていないわけではない。プロの選手たちの華麗なプレーを期待して応援する。期待通りなら歓喜し、期待が外れれば嘆息する。
 日米で観戦方法は違うけれど、ともに、ちゃんと野球を見て楽しんでいるのではないだろうか。
 (略) 球場全体で感じる一体感は格別だ。太鼓や鳴り物、声援に包まれているうちに、一種の「和」のようなものが心に芽生えてくる。

 「ちゃんと」は、乱れず、しっかりと、十分という意味です。「のべつまくなしに騒いでいるようで、ちゃんと見ていない」という年配の意見は、「乱れる」点ではいえそうです。しかし、「騒いでいると、しっかり十分見ていない」とまではいえません。「しっかり見ているので、騒いでいる」可能性もあるからです。

 若者は、「ちゃんと見ている」理由を明確には述べていません。大騒ぎは、日本の観戦方法であり、一体感のある応援であるといいたいようです。

 意見の食い違いは、感情と論理によります。「ちゃんと」は、人によって感じ方が異なります。「ちゃんと」の基準を示すことができれば、自分も他人も同じように判断することができます。しかし、この例では難しそうです。また基準にもよりますが、「ちゃんと見ていない人」もいれば、「ちゃんと見ている人」もいる、というのが実情です。

 つぎの表を見てください。⇔は反対、←→は小反対、×は矛盾、↓は大小の関係を表しています。

すべての日本のファンは
ちゃんと野球を見ていない
すべての日本のファンは
ちゃんと野球を見ている
×
ある日本のファンは
ちゃんと野球を見ていない
(=見ていない人もいる)
←→ ある日本のファンは
ちゃんと野球を見ている
(=見ている人もいる)

 何を議論するか、事前に確かめましょう。「すべて見ていない」「すべて見ている」という反対は、実際にはありえません。「見ていない人もいる」「見ている人もいる」という小反対では、双方の意見を認め合うことになります。もし、「すべて見ていない」「見ている人もいる」という矛盾であれば、議論の余地があります。 この場合、「すべて見ていない」という意見が一般にはありえないことになります。


参考文献
1.読売新聞 2007年8月23日朝刊 「気流」 鷺 柳一 60 「野球場のファン 日米で感じる差」
2.読売新聞 2007年8月29日朝刊 「気流」 田辺 光 18 「日本の野球応援 良さも理解して」


- | 中学からの作文・論文 ホーム | comments(0) | - | permalink

この記事に対するコメント

コメントする









中学からの作文・論文 プロセス
関連学習  コメント  メルマガ