中学からの作文・論文

作文・論文を書くための本質化・論理構成・文章表現。
(基礎知識: ことわざ・慣用句、三字・四字熟語、古文、漢字)
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奥の細道から

 旅の終わりは、旅の始まりです。陰暦の9月6日は、「奥の細道」を歩き終えた松尾芭蕉が、また出発する日です。3月27日に江戸を立ってから、東北、北陸を歩き、半年後に岐阜の大垣に到着します。そのようすが、つぎのように書かれています〔1〕。

 露通もこの港まで出でて迎へて、美濃の国へと伴なふ。駒にたすけられて、大垣の庄に入れば、曾良も伊勢より来たり合ひ、越人も馬を飛ばせて、如行が家に入り集まる。前川子・刑口父子、そのほか親しき人人、日夜とぶらひて、蘇生の者にあふがごとく、かつ喜びかついたはる。旅のもの憂さもいまだやまざるに、長月六日になれば、伊勢の遷宮拝まんと、また舟に乗りて、
   蛤のふたみに別れ行く秋ぞ

 終わりにある句は複数の意味をかけています。、蛤(はまぐり)の蓋(ふた)と身が分かれるを「ふたみ」とし、蓋・身が別れるように二見(地名)に別れて行くとしています。さらに、「別れ行く秋」は、「別れ行く」と「行く秋(晩秋)」とをかけています。

 参考までに、現代文にしてみます。露通(ろつう)、曾良(そら)、越人(えつじん)、如行(じょこう)、前川子(ぜんせんし)、刑口父子(けいこうふし:刑の偏は「井」と書く)は、人の名前です。

 露通も港まで迎えに来て、岐阜までいっしょに行く。馬の助けをかり、大垣の町に入ると、曾良も伊勢から来ていっしょになり、越人も馬を飛ばして、如行の家に集まる。前川子・刑口父子、そのほか親しい人たちが、日夜やってきて、蘇生した人に会うように、喜んだり、いたわったりしてくれる。旅の疲れもとれないうちに、9月6日になったので、伊勢神宮を参拝しようと、また舟に乗って、蛤の蓋と身が分かれるように、みなと別れて二見に行く。季節は晩秋である。

 江戸を出発した元禄2年3月27日は、1689年5月16日の大安です。同年9月6日は、10月18日の友引です。芭蕉は多くの人に迎えられ、旅を終えます。しかし別れとともに、ふたたび伊勢へと旅立つのでした。「奥の細道」の最初には、こう書いてあります。

 月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口をとらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅を住みかとす。


参考文献
1.日栄社編集所:要説 奥の細道、日栄社


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